企業倫理というのが最近、急速に注目されています。
企業倫理標語なども時折、募集されていていますが、やはり信頼とうのが大きなファクターですね。
「何でも言える~」
みたいな標語があります。
まあ、無礼講と一緒で、文字通り何でも言ったらアウトですがね。
このように、企業倫理標語や論議が活発なのは喜ぶべきことなのですが、その裏側には社会的に様々な問題が噴出しているという事でもあります。
とくに今年、2008年は牛肉偽装問題や船場吉兆の騒動、うなぎ産地偽装など、例年になく企業にとって倫理がとわれる事件がおきております。
ここで、コンプライアンスであるとか、企業倫理標語の運動が活発になったり、論文がとりあげられたりしているわけです。
コンプライアンスとは、法令遵守であるとか、企業倫理・経営倫理をさします。
法令遵守とは法律や規則などのごく基本的なルールに従って活動を行うこと、企業においてはモラルですか、簡単に言えば。
基本的な信頼関係があれば本来なら細かい事はいらないんですがね。
まあ、日本人は横文字が好きですから、コンプライアンスというと、なんとなくありがたみがありますし、フルセット・コンプライアンス論など、直接、企業活動とは関係のない教授などは色々な論をだしてきます。
企業倫理とはいっても、基本は個人の倫理とうか良識なんですけどね。
結論から言えば、企業倫理であるとかコンプライアンス論とか複雑にすればするほどわかりにくくなり、本質が見えないということではないでしょうか。
あれなんでよ、やっぱり人間や組織は完全というのはなかなか無いわけで、当初の動機やきっかけが善意であろうとも、企業の第一の目的は利潤の追求ですから、様々な矛盾というか軋轢があるわけですよ。
だからこそ、やりたい放題やると収拾がつかなくなるので、企業も倫理的な理念を持ちましょうよという話になるわけです。
これが「企業」という組織というか集団、ひとつのメカニズムだから問題が多岐にわたって複雑化して対処法が見にくいわけですが、要はあれです。
「個人」
集団も個人の集まりなわけですから、企業として、集団としてどうあるか以前の問題として、個人としての姿勢が問われるわけですよ。
日本人の特性として、この個の自立というのが社会人になっても弱いのはわかります。
その結果、ちょとした事で鬱になったり病気になったりとしているわけですが。
ですから、企業倫理の標語を作る際などは、企業として考えるのではなく、己の仕事に対する姿勢として打ち出せばいいと思われます。
それは大げさなものでなくとも、日常業務での気づきや出来事でも充分あらわせると思います。
ある意味、その企業に働く一人一人が企業倫理の標語作品の見本であるわけですから。
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